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68歳の挑戦です。小学生の頃、エレクトーンを習いたかったけど、習わせてもらえなかった。

私は小学生の頃、エレクトーンを習いたかったのですが、家が貧乏だったので習いに行かせてもらうことはできませんでした。もちろんエレクトーンも買ってもらえるわけがない。

現在、家には家内のピアノがありますが、弾かせてもらっても指がうまく動かないので未だに弾くことができません。なんとか弾けるようになりたいなと、68歳になっても願望だけは持っています。

子どもの頃に憧れていたのは、友達の家にあったヤマハのエレクトーンでした。鍵盤の上に並ぶたくさんのボタンやリズムスイッチ。足元にはペダル。まるで宇宙船のコックピットのように見えたものです。

学校から帰ると、その友達の家に入り浸り、横で弾いている姿をうらやましく眺めていました。音が何層にも重なり、一人でオーケストラのような響きを出せるエレクトーンは、子どもの私にとってまさに魔法の楽器でした。

それから半世紀以上が過ぎました。

仕事に追われ、子育てに追われ、「いつかやりたい」と思いながら後回しにしてきたことのひとつが音楽です。気がつけば68歳。定年を迎え、時間に少し余裕ができた今、ふとあの頃の気持ちがよみがえってきました。

「今からでも遅くないのではないか?」

そう思わせてくれたのは、テレビで見かけた大人向け音楽教室の特集でした。定年後にピアノを始めた人、70歳を過ぎてから発表会に出た人。みなさん口をそろえて言います。

「もっと早く始めればよかった。でも、今が一番若い日だから」

その言葉が胸に刺さりました。

家内のピアノの前に座ってみる。指は確かに思うように動きません。ドレミファソラシドをゆっくり弾くだけで、頭と指がちぐはぐになります。それでも、たった一音鳴らすだけで、心の奥がふわっと温かくなるのです。

音楽は、上手い下手ではないのかもしれません。

誰かに聴かせるためではなく、自分のために弾く。指がもつれても、間違えてもいい。昨日より今日、今日より明日、ほんの少しでも前に進めばそれでいい。

最近は、YouTubeで初心者向けのレッスン動画を見ながら、独学で練習を始めました。便利な時代になったものです。月謝もいらない。家にいながら先生がいるようなものです。

68歳の挑戦。

子どもの頃にできなかったことを、今やってみる。それは失われた時間を取り戻すことではなく、これからの時間を豊かにすることなのだと気づきました。

もしかしたら、いつか簡単な曲を一曲、最後まで弾ける日が来るかもしれません。そのときは、子どもの頃の自分に胸を張って言いたい。

「ほら、あきらめなかっただろう?」

年齢はただの数字。夢に定年はありません。

今日もゆっくり、ドレミから始めます。


アマチュア無線局免許状の再免許申請を忘れるところでした

今朝、何気なく免許状の有効期限はいつまでだったかな?と思い、免許状を見てみると、固定局の免許有効期限が今年の6月まででした。有効期限の1ヶ月前までに再免許申請をしないと、新たに開局申請をしなくてはなりません。そうなると手続きがかなり面倒になるし、手数料も馬鹿にならない金額になります。再免許申請の手数料は1700円です。無線局免許状は5年間有効なので、5年毎に再免許申請をしなくてはなりません。

私は昭和46年にアマチュア無線局を開局しました。ただいま68歳で54年もアマチュア無線をやってます。今はデジタル社会でスマートフォンがあれば知り合いとはいつでも話ができます。メールもあるし、LINEもあり、お互いの顔を見ながら会話することもできます。とても便利な世の中になりました。一応、国家試験を受けて第1級アマチュア無線技士の無線従事者免許を私は取得しました。試験科目は無線工学、電波法規、欧文モールス信号の受信、そして和文モールス信号の受信、これらの科目を受験しました。私が受験する少し前までは縦フリ電鍵を叩いて行う送信試験もありました。今では、モールスの試験は無いようですが。

私が開局当時に使用していた無線機は真空管を使用したトリオのTS-510Xでした。

この無線機は短波帯の無線機なので、電離層状態が良ければ外国の人とも話すことができます。私が開局した当時は、沖縄が日本に変換される前でした。このため、沖縄の無線局はアメリカのコールサインを使用していました。当時沖縄の無線局と話ができたときはものすごく感動しました。

今では、無線機のマイクを握って見知らぬ方と話をするのが楽しみの一つになっています。今の時代だからこそアナログ電波で話をする、モールス信号で話をする、のも楽しみの一つです。アマチュア無線に興味のある方は、ぜひ資格を取って始めてみてはいかがでしょうか?